考え方 データ

補間しない —— データの欠けを描く

補間された線は健全に見えます。それこそが問題です。ダッシュボードを美しくない方へ作り替えた結果、六時間の障害を捕まえました。

補間は、思いやりのある嘘である

データが一区間欠けている。図はどう描くべきか。多くの可視化ライブラリの既定は、欠けた区間をつないで描くことです。その線は滑らかで、健全で、何の変哲もない —— そして描かれている六時間には、実際には何もありません。データがないからです。ツールに悪意はなく、「完全に見えること」が「正直であること」より重要だと既定しているだけです。

欠測が常態であるシステムもある

Verdeの一万か所は、山の斜面、屋根の上、切れる回線の先にあります。データは遅れ、重複し、届きません。これは異常ではなく通常の状態です。完全性を前提としたダッシュボードは、この種のシステムでは毎日、しかも説得力をもって嘘をつきます。

欠けを網掛けとして描く

手法自体は平凡です。データがない区間には線を描かず、斜めの網掛けを敷きます。目立ちますし、「低い値」と誤読されることもありません —— 欠測をゼロで埋めるという、もう一つのよくある誤りでは、データのない期間が全面停止と同じ見た目になります。

お客様は美しくない方を選んだ

初期デザイン案の曲線は連続的で、見栄えのするものでした。実データで両案を作り、並べてお見せし、それぞれがどんな状況で誤解を招くかを説明しました。選ばれたのは網掛けのある方です。説得は不要でした。二枚の図が説明を済ませていました。

半年後、それは一度役に立った

ある地域の送信が六時間途絶えました。図に網掛けの帯が現れたため、運用は当日中に気づき対処しています。補間した版であれば、その六時間はわずかに下降した、しかし十分にあり得る線になり、障害は月末の照合まで表面化しませんでした —— 誰かが探しに行けば、の話です。

この原則が終わる場所

すべての欠けを描くべきではありません。毎秒取得のデータで三点が欠けても、描けば雑音にしかなりません。判断基準は、その欠けが障害を意味する場合に読み手が知る必要があるかどうかです。Verdeでは必要でした。Webの流量グラフでは通常不要です。境界を述べない原則は教条になります。